【アラベスク】メニューへ戻る 第17章【来し方の楔】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)

前のお話へ戻る 次のお話へ進む







【アラベスク】  第17章 来し方の楔



第2節 想われ心 [14]




「やっぱり、田代とくっつけようとだなんてしてたんだなっ!」
「くっつけようとだなんてしていない。くっつけばいいなとは思ってたけどね」
 もはや瑠駆真も抑える気は無い。火に油だとも思えるような言葉を、あからさまに口にする。
「ちょうどいいじゃないか。田代さん、可愛いし」
「このヤローッ どいつもこいつも田代、田代ってっ!」
「じゃあ、くっついちゃえばいいじゃないっ」
 ツバサの言葉に、二人の動きがピタリと止まった。美鶴も絶句し、一同の視線が一点に集まる。
 三人の視線を、ツバサは呼吸を乱して受け止める。
「そんなに言うなら、くっついちゃえばいいじゃない」
 少し頬を紅潮させて言う相手を、聡が睥睨(へいげい)する。
「なんだとっ」
 猛獣のような唸り声。
「お前まで」
「なによ、そう言って欲しかったんでしょう?」
「テメェ」
「なによ、田代、田代って、シロちゃんの事ばっかり口にするのは金本くんの方じゃないっ。そんなにシロちゃんが気になるんなら、本当にシロちゃんとくっついちゃえばいいのよっ!」
 叫ぶなり身を反転させる。
「待てっ」
 伸ばされる聡の腕から逃れるように駅舎を飛び出す。そのまま駆け出す。
「待てっ 逃げるなっ!」
 追いかけようとする聡。それを遮るように美鶴が出入り口に立ち塞がる。
「やめろ」
「どけっ」
「やめろ、追うなっ」
「美鶴、お前まで邪魔をする気か」
「とにかく落ち着け。そんな興奮しているお前に、ツバサを追いかけるようなマネはさせられないっ」
「何っ! 興奮させてるのはアイツだろっ! アイツと、コイツっ!」
 腕を後ろに振り回し、瑠駆真を指差す。
「コイツが俺と田代をくっつけようとだなんてしているからっ!」
「それを言わせたのは君だっ!」
「二人とも落ち着け。聡、誰もそんな事は言っていない」
 両手を広げて出入り口を塞ぎ、聡を見上げる。背に伸びた髪が乱れて、揺れている。
「聡、誰も、お前と里奈をくっつけようとだなんて、思ってないよ」
 思っていないはずだ。
「だから、落ち着け」
「でも涼木は言ったぞ」
 聡が詰め寄る。
「アイツは言った。俺と田代がくっつけばいいって」
「それは聡がしつこく言うから」
「俺のせいなのかよっ。俺が田代の名前を連呼したって、普通の人間なら、思ってもないような事は言わねぇよ」
「だから、それはっ」
「それは何だよ? 心底では、涼木は俺と田代をくっつけたがってるって証拠だろう?」
 右手に拳を作って振り上げる。
「アイツはいつでも田代の味方だ。シロちゃんシロちゃんて保護者ぶりやがって」
「違う、そんなんじゃない」
「何が違うんだ? いつだってそうだろう? 田代の傍にはアイツが居て」
「違うんだ」
「違がわねぇよ」
「違うっ」
「違わないっ!」
「違うんだよっ!」
 美鶴は大声を張り上げ、聡の両肩を掴んだ。その顔に、聡はハッとなって怒りを呑んだ。
 泣きそうだった。
「違うんだよ、ツバサはそんなんじゃない」
「何だよ? 何がどう違うって言うんだ」
 戸惑い、声のトーンは落としながらも、興奮は収まりきってはいない。
「アイツが田代の味方である事には変わりない。アイツは俺と田代をくっつけて」
「そうじゃない。ツバサはそうじゃなくって」
 肩に両手を置いたまま、美鶴は俯いた。
「ツバサは、悩んでいるんだよ」
 なんで私が聡を説得しているんだ? しかもこんなに全力で。
 自分がわからない。
「ツバサは、ずっと里奈の事で悩んでいるんだよ」
「田代の事で?」
「だからっ」
 私は、なんでこんな事を言っているのだろう?
「ツバサは、里奈と蔦の事で、悩んでいるんだよ」
 きっとツバサは、誰にも知られたくはなかったはずだ。蔦康煕にも知られたくはなかった。
 一度疑い、誤解を招いた。自分が他の男に心移りでもしてしまったのではないか? そんな誤解までを、蔦にさせてしまった。自分のせいで美鶴を危険に晒したとすら思ってしまっていた時期もある。今でも、なぜもっと早くに写真の件を誰かに告げなかったのかと、自責する時がある。そうして、そんなふうに悩んでいる姿を見て、それがまた蔦に気を使わせてしまい、ゆえに蔦はバスケ部の廃部の話を切り出す事ができず、それがきっかけで喧嘩をしてしまい………
 サイアクだ。悪循環。
 唐草ハウスを訪ねたコウと里奈が鉢合わせ、それをツバサは目撃してしまう。
 コウは、ツバサと仲直りをしようとわざわざ出向いてきてくれたのだ。言って欲しいと思っていた言葉も言ってくれた。

「俺、もう田代さんの事なんて、全然何とも思ってないから」
「田代さんの事なんて未練もなんにもない」

 そんなコウを疑ってはいけないと思う一方で、でも、もしコウが里奈に心を寄せてしまったら? それでも、知らずに済めば、苦しまずに済む。そんな逃避的な考えすら持ってしまった。騙されていればいいじゃんなんて、卑怯な事まで考えてしまう。そんな自分を醜く感じた。
 悪いのは自分だ。いまだに仲を疑っているなどとは知られたくはないのだろうし、自分自身、そんな自分に呆れてもいる。
「頭ではわかっている。でも、頭でわかっていればそれで納得できるというものでもない」
 変わりたい。
 自分が変わらなければ、状況は何も好転しない。コウにも迷惑を掛けるだけだ。
「ツバサは、変えようと努力をしているんだ」







あなたが現在お読みになっているのは、第17章【来し方の楔】第2節【想われ心】です。
前のお話へ戻る 次のお話へ進む

【アラベスク】メニューへ戻る 第17章【来し方の楔】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)